インボイス制度とは、売手が買手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝えるための制度です。
2023年10月1日から開始が予定されており、仕入税額控除を受けるためには適格請求書(インボイス)などの保存が要件となります。
しかし、インボイスの概要やメリット・デメリットを正しく理解している方は少ないのではないでしょうか。
また、インボイスへの登録をすべきという声が多数ありますが、申請は義務ではなく任意です。
本記事では、インボイスを申請するリスクや、取り消し方法、申請せずに仕事を受ける方法について、お金周りのプロである「資金の先生」が解説します。
経営者の方や経理業務に従事されている方、インボイス制度への対応を検討されている方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
そもそも『インボイス制度』とは?
インボイス制度は、消費税の仕入税額控除を複数税率に対応させるための方式であり、正式名称は「適格請求書等保存方式」と呼ばれています。
インボイス制度を導入すると、売り手は一定の要件を満たした適格請求書(インボイス)を買い手に発行し、両者がそれを保存することで、消費税の仕入税額控除が適用されます。
つまり、適格請求書がなければ仕入税額控除は受けられません。この適格請求書を発行できるのは、適格請求書発行事業者に限られています。
インボイスの申請期限について
2023年10月1日からのインボイス制度導入において、適格請求書発行事業者としてインボイスを発行するには、2023年9月30日までに所轄の税務署に登録申請を行う必要があります。
ただし、登録申請書を提出してからインボイス登録番号が発行されるまでには一定の時間がかかりますので、申請期限直前に提出すると登録番号の通知が間に合わない可能性も考えられます。
もし間に合わない場合は、登録日までさかのぼって適用させる必要があるため注意が必要です。
なお、適格請求書発行事業者になるためには、消費税の課税事業者である必要があります。免税事業者が適格請求書発行事業者となる場合、課税売上が1,000万円以下であっても消費税の課税事業者となる必要があります。
消費税の課税事業者になるためには、「消費税課税事業者選択届出書」を、課税期間の初日の前日までに提出する必要があります。
そのため、適格請求書発行事業者の提出期限に余裕があっても、消費税課税事業者選択届出書の提出期限を過ぎる可能性があることに留意してください。
免税事業者の方は、適格請求書発行事業者の届出と消費税課税事業者選択届出書の双方の提出期限に注意する必要があります。
インボイスの申請をしたらどうなる?
インボイスの申請をすると、これまで免税事業者だった事業者は課税事業者となります。そのため、消費税に関する申告手続きが必要になります。
具体的には、申告書の作成や納付など、消費税に関わる業務が増えることになります。これにより、手間や時間がかかる可能性があります。
なお、免税事業者は従来、消費税の納付義務はありませんでした。ですが売上代金の受領時には通常、課税事業者と同様に消費税を受け取っていました。
しかし、インボイスの申請によって課税事業者となると、実質的に売上が10%減少することになります。つまり、消費税の納付義務が発生するため、事業者にとっては売上が減るという影響が出ます。
また、課税事業者と免税事業者の双方において、インボイスの導入により請求書の様式が変わります。現行では、区分記載請求書として記載事項が定められていましたが、インボイスでは追加すべき記載事項がいくつかあります。
区分記載請求書とインボイスの記載事項は下表の通りです。
区分記載請求書 | インボイス(適格請求書) |
発行側の企業名や氏名 | 発行側の企業名や氏名 |
取引年月日 | 取引年月日 |
内訳 | 内訳 |
金額 | 金額 |
宛名 | 宛名 |
軽減税率対象商品の旨 | 軽減税率対象商品の旨 |
税率ごとに対価した額 | 税率ごとに対価した額 |
– | 登録番号(課税事業者のみ登録可) |
– | 適用税率 |
– | 税率ごとに区分した消費税額等 |
インボイスの申請をしなかったらどうなる?
インボイスの申請をしなかった場合、取引先企業の負担が増大します。インボイス制度への対応をしなくても、事業自体は通常通り継続することができます。
ただし、売り手である事業者が適格請求書等発行事業者としての認定を受けていない場合、買い手の事業者は仕入税額控除を受けることができません。
そのため、買い手の事業者にとって、非対応事業者との取引は仕入税額控除が受けられない分だけ負担が増加します。このように、インボイスに対応しなかった場合、取引先がインボイスに対応した事業者に契約を切り替えてしまう可能性が生じます。
さらに、信頼性の低下や契約解消のリスクが特定の取引先から発生する可能性もあります。特に、インボイスへの対応が一般的な業界や大企業との取引では、適切な手続きを行わないことが問題視される可能性があります。
また、インボイス制度に関する正しい理解をせずに事業を継続した場合、罰則の対象となる可能性も考えられます。
消費税法第65条によれば、適格請求書等発行事業者ではないにもかかわらず、認定事業者であると偽って取引を継続した場合、最大で1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
インボイス未対応のままでいると、取引先の減少や罰則の適用による損失を被るリスクがあるため、できる限り早急に対応することをおすすめします。
インボイスの申請をしなくても問題ないケース
インボイスの申請を行わなくても問題ないケースには、いくつかのパターンが存在します。以下では、その一部を紹介します。
ただし、個別の事情や法律の変更により、状況は変動する可能性があるため、最新の情報を確認することをおすすめします。
取引先が免税事業者のみの場合
全ての取引先が免税事業者か簡易課税選択事業者であり、消費税の請求が不要な場合には、インボイスの申請をしなくても問題はないと言えます。
免税事業者との取引では、消費税に関する手続きが不要であり、簡素化された取引が可能です。
また、簡易課税選択事業者は「受け取った消費税 -(受け取った消費税×業種ごとのみなし仕入率)」で計算された消費税額を納付します。
そのため、仕入税額控除を受けないため、適格請求書の保管は不要です。取引先が免税事業者と簡易課税選択事業者のみの場合、インボイスの申請は必要ありません。
ただし、一部の取引先が免税事業者や簡易課税選択事業者であっても、それ以外の取引先が課税事業者である場合は、インボイスの申請が必要となる可能性があるため、注意が必要です。
単価が低い場合(先方の負担が低い)
取引先の負担が非常に低い場合、つまり取引の単価が非常に低い場合には、インボイスの申請をしなくても問題ないケースが存在します。たとえば、小売業やサービス業などでは、一般消費者への販売が一般的であり、その際の単価は低くなることが多いです。
このような場合、インボイスの発行や請求にかかる手間や費用が大きくなることから、インボイスの申請をしない方が適切な場合があります。
また、インボイスには少額特例という制度も存在します。少額特例では、2023年10月1日から2029年9月30日までの間に国内で行われる課税仕入れについて、当該課税仕入れに関する支払対価が1万円未満である場合、一定の事項が記載された帳簿を保存することで仕入税額控除が認められます。
ただし、この制度の対象は、基準期間における課税売上高が1億円以下または特定期間における課税売上高が5,000万円以下の事業者に限られるため、注意が必要です。
B to Cのビジネスの場合
個人消費者への販売(B to C)が主な場合、つまりビジネス間の取引ではない場合には、インボイスの申請をする必要はありません。
個人消費者は消費税納税の義務がないため、インボイス制度の概念は存在しません。そのため、売上先が個人消費者のみの場合は、インボイス制度の登録を無視しても問題ありません。
たとえば、美容院やエステサロン、塾などの売上は、一般消費者がサービスや商品を購入することによって生じるものがほとんどです。
インボイス制度の適用を受けるためには、特定の事項が記載された領収書を発行してもらい、保管する必要がありますが、一般消費者は個人的に店舗を利用するため、領収書の発行を店舗に求めることはほとんどありません。
そのため、経費として領収書を求められることもないため、インボイス制度の登録は不要と言えます。
インボイスの申請をしない場合の対処法
インボイスの申請を回避する場合、特例措置や割引などの代替策を検討することが重要です。
クライアントにとってメリットのある提案をし、クライアントとのコミュニケーションを適切に行いながら、最適な問題解決策を見つけることをおすすめします。以下では、詳細に説明します。
特例措置があることをクライアントに説明する
インボイスの申請をしない場合、まずは特例措置についてクライアントに説明することが重要です。インボイスには少額特例という制度があります。
この制度では、2023年10月1日から2029年9月30日までの間に国内で行われる課税仕入れにおいて、支払対価が1万円未満の場合、一定の事項が記載された帳簿を保存することで仕入税額控除が認められます。
ただし、この特例は基準期間における課税売上高が1億円以下または特定期間における課税売上高が5,000万円以下の事業者に限定されるため、注意が必要です。
特例措置を活用することで、クライアントは一定期間の間においてインボイスの申請をせずとも負担が軽減される可能性があります。
クライアントに対して、この特例措置が経済的なメリットをもたらすことを伝えることで、一時的に負担が軽減されることを理解し、インボイスの申請をしないことを了承する可能性があります。
クライアントに損がないように割引する
インボイスに対応しない場合、クライアントに対して割引を提供するという選択肢も考えられます。
特例措置が終了した場合、取引先との交渉によってはインボイスの申請が必要になる可能性がありますが、消費税の適格事業者となるまでの期間においては、仕入税額控除に相当する金額を割引することでクライアントの負担を軽減することが可能です。
この割引によってクライアントはコスト削減ができるため、双方にとってWin-Winの状況を実現することができます。クライアントに対して割引によるメリットを明確にして、割引による対応を提案してみましょう。
特例措置が終わったら申請をすることを伝える
特例措置の終了後にインボイスを申請する意思がある場合、その旨をクライアントに伝えましょう。
クライアントにとっては、特例期間終了後の対応方針を事前に把握することで、安心して取引を継続することが可能となります。
インボイスの対応方針については、しっかりとコミュニケーションを取ることで相互理解を深めるようにしましょう。
インボイス申請をしたが取消したい場合
インボイスの登録申請を取り下げる場合は、2023年9月30日までなら簡単に行うことができます。基本的には、「取下書」と呼ばれる書類を1枚郵送するだけで構いません。
この取下書の提出によるデメリットも特にありません。
もし「登録申請したけれどもやめたい」という場合は、2023年9月30日までに「登録申請書の取下書」を所轄の「インボイス登録センター」に提出すれば問題ありません。
インボイスの登録申請を取り下げることで、免税事業者のままでいられる個人や法人も多いでしょう。ただし、2023年10月1日を過ぎると取り下げができなくなるため、それまでに方針を決めておく必要があります。
なお、2023年10月1日以降に登録を取り消す場合は、別の手続きである「登録の取り消し」が必要です。この場合、取り消しの効力は最短でも翌年(法人の場合は翌事業年度)からとなります。
インボイスの登録申請を取り下げる際は、以下の手順で「取下書」を郵送することが一般的です。
なお、e-Taxでも提出は可能ですが、手続きが複雑であるため、郵送による手続きがおすすめです。なお、「登録申請書の取下書」の様式は国税庁サイトに掲載されておらず、税務署等でも配布されていないようです。
そのため、以下の7項目を記入した書類を自作する必要があります。
「登録申請書の取下書」に記載すべき7項目
1. 登録申請書の提出年月日 | 登録申請書を提出した年月日を記入する |
2. 申請書名 | 「適格請求書発行事業者の登録申請書」と記入する |
3. 提出したときの申請方法 | 書面かe-Taxのいずれかを記入する |
4. 申請者の氏名または名称 | 名前・会社名・代表者名を記入する |
5. 納税地 | 納税地の住所を記入する |
6. 登録番号 | 登録通知書に記載されている「T+13桁の数字」を記入する |
7. 取下を希望する旨 | 「適格請求書発行事業者の登録申請を取り下げたい」と記入する |
書類のタイトルは「登録申請書の取下書」とします。上記の7項目をすべて記入し、余白に署名と日付を書けば手続きは完了です(押印は不要です)。
文書ソフトで作成する他にも、無地のコピー用紙を使用して箇条書きで記載してもかまいません。
完成した「取下書」は、所轄のインボイス登録センターに普通郵便などで送付してください。消印が2023年9月30日までのものであれば有効です。
返信用封筒や切手を同封する必要はありません。
取り下げ手続きが正常に完了すると、後日通知が届くことになります。
まとめ
本記事では、インボイスを申請するリスクや、取り消し方法、申請せずに仕事を受ける方法について解説しました。
インボイスの申請をすると、これまで免税事業者だった事業者は課税事業者となります。
そのため、消費税に関する申告手続きによる事務負担や納税負担が生じます。一方、インボイスの申請をしなかった場合、仕入税額控除を受けられないことにより取引先企業の負担が増加する他、信頼性の低下や契約解消のリスクが発生します。
ただし、インボイスの申請は任意であり、義務ではありません。インボイスの申請によるメリット・デメリットを比較し、自身にとって最適な選択肢を選ぶようにしましょう。
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経営者の方や経理業務に従事されている方、インボイス制度への対応を検討されている方は、お気軽にご相談ください。