目次
はじめに
近年、中小企業の経営者や個人事業主の間で、社会保険料の負担を軽減するための様々なスキームが注目を集めています。これらのスキームは、役員報酬と賞与の支給方法を工夫したり、マイクロ法人を設立したりすることで、社会保険料の負担を大幅に削減することを目的としています。
社会保険料削減スキームとは
社会保険料削減スキームとは、現行の社会保険制度の仕組みを活用して、合法的に保険料の負担を軽減する手法の総称です。主な手法として、役員報酬を極端に低く設定し、年末に高額な賞与を支給することで「標準賞与額の上限」を利用する方法や、個人事業主が小規模法人を設立して健康保険と厚生年金への加入に切り替える方法があります。
これらのスキームは、年収1200万円の経営者の場合、年間161万円もの社会保険料を削減できるとされており、特に高額な保険料を負担している事業主にとって大きな魅力となっています。しかし、その一方で社会保険制度の適正な負担という観点から問題視されており、今後の規制強化が懸念されています。
スキーム拡大の背景
社会保険料削減スキームが広まった背景には、社会保険料の負担の重さがあります。特に中小企業の経営者や高所得の個人事業主にとって、社会保険料は事業運営における大きな負担となっており、これを軽減したいという強いニーズが存在します。
また、インターネット上での情報拡散により、これらのスキームに関する知識が容易に入手できるようになったことも、普及の一因となっています。税理士や社会保険労務士からの提案を受けて実施するケースも多く、専門家のサポートを得られることで実行しやすくなっているのが現状です。
制度の問題点と課題
これらのスキームが広く活用されるようになったことで、社会保険制度全体の公平性や財政への影響が深刻な問題となっています。厚生労働省は、極端に低い報酬と高額な賞与を支給しているケースを不正利用と指摘しており、制度の趣旨に反する行為として問題視しています。
最低標準報酬月額の該当者の多くが小規模法人の役員であり、しかも高額な賞与の支給が目立つという実態が明らかになったことで、2024年9月末に開催された「第183回社会保障審議会医療保険部会」でも議論の対象となっています。このような状況を受けて、制度改正による対応策の検討が本格化しています。
役員報酬・賞与活用スキームの詳細

役員報酬と賞与を組み合わせた社会保険料削減スキームは、最も一般的で効果が高いとされる手法です。このスキームでは、毎月の役員報酬を可能な限り低く設定し、年に一度または数回、高額な賞与を支給することで社会保険料の負担を大幅に削減します。
スキームの基本的な仕組み
この手法の核心は、社会保険料の計算方法の違いを利用することにあります。毎月の報酬に対する社会保険料は「標準報酬月額」に基づいて計算され、上限が設定されています。一方、賞与に対する社会保険料は「標準賞与額」に基づいて計算され、こちらにも年間の上限額が設定されています。
具体的には、役員報酬を月額8.8万円程度の最低水準に設定し、残りの報酬を年末賞与として支給します。これにより、賞与部分については標準賞与額の上限を超えた部分に社会保険料が課されないため、全体の保険料負担を大幅に削減することが可能になります。年収1200万円のケースでは、通常の報酬体系と比較して年間161万円もの削減効果があるとされています。
実際の削減効果と計算例
具体的な数値を用いて削減効果を見てみましょう。年収1200万円の役員の場合、通常の月額報酬100万円で支給すると、健康保険料と厚生年金保険料を合わせて年間約180万円の負担となります。一方、月額報酬を8.8万円に設定し、残りを賞与で支給した場合、年間の社会保険料負担は約19万円となり、差額は約161万円の削減となります。
この大幅な削減効果により、企業のキャッシュフローが大幅に改善されることから、多くの中小企業経営者がこのスキームを採用してきました。特に売上が不安定な事業や設備投資が必要な業種においては、この削減効果は事業継続において重要な要素となっています。
適用上の注意点とリスク
しかし、このスキームには様々な注意点とリスクが存在します。まず、役員報酬が著しく低額な場合、税務上「みなし給与」として課税されるリスクがあります。また、法人税計算上「過小役員報酬」として損金不算入となる可能性も否定できません。
さらに、実態と異なる報酬体系を採用していると判断された場合、税務調査や社会保険調査において指摘を受ける可能性があります。近年では行政の監視が強化されており、不自然な報酬体系を採用している企業に対する調査が増加しています。企業は社会保険制度の趣旨を踏まえつつ、適切な対応が求められています。
マイクロ法人活用スキームの実態

マイクロ法人を活用した社会保険料削減スキームは、個人事業主が新たに小規模法人を設立し、その法人から低額の役員報酬を受け取ることで社会保険料の負担を軽減する手法です。このスキームは近年、「社会保険料を節約できる」として注目を集めており、税理士への相談も増加しています。
マイクロ法人設立の基本構造
マイクロ法人スキームの基本的な仕組みは、個人事業主が本業とは別に小規模法人を設立し、その法人の役員として低額の報酬を受け取ることです。通常、役員報酬は月額8.8万円程度に設定し、これにより健康保険と厚生年金の被保険者となります。個人事業主として支払っていた国民健康保険料と国民年金保険料から、健康保険料と厚生年金保険料に切り替わることで、保険料負担の大幅な削減が実現されます。
この手法では、法人を設立することで得られる信用力の向上や、経費計上の範囲拡大、福利厚生制度の活用なども副次的なメリットとして挙げられます。また、将来的な事業拡大や資金調達の際にも、法人格を持つことで選択肢が広がるという利点もあります。
メリットと期待される効果
マイクロ法人活用スキームの最大のメリットは、社会保険料の大幅な削減効果です。特に高所得の個人事業主の場合、国民健康保険料は所得に比例して高額になるため、定額の健康保険料に切り替えることで年間数十万円から百万円以上の削減効果を期待できます。また、国民年金から厚生年金への切り替えにより、将来の年金受給額の増加も期待できます。
税制面でのメリットも無視できません。法人として経費計上できる範囲が拡大されることで、個人事業主として事業を行う場合と比較して税負担の軽減が図れます。さらに、法人格を持つことで取引先からの信用力が向上し、新規取引の機会拡大や契約条件の改善なども期待できます。
潜在的なリスクと問題点
一方で、マイクロ法人活用スキームには多くのリスクと問題点が存在します。最も深刻なリスクは、実態のない法人と認定される可能性です。社会保険の加入が否認された場合、過去分の保険料を遡及徴収される可能性があり、その負担は削減効果を大幅に上回ることになります。
また、法人の設立と維持には継続的なコストが発生します。法人住民税の均等割、税理士への報酬、各種届出や申告に関する費用など、年間数十万円のコストが必要となります。さらに、副業規制に抵触する可能性や、社会保険の二重加入問題、将来的な制度変更による影響なども考慮しなければなりません。現在は制度上可能でも、将来的に「最低報酬基準」や「社会保険加入条件」が強化・変更される可能性は十分にあります。
制度改正の動向と将来展望

社会保険料削減スキームに対する国の対応は急速に厳格化されており、厚生労働省を中心とした関係機関による制度改正の検討が本格化しています。これらのスキームが社会保険制度の財政に与える影響や公平性の観点から、2025年以降の法改正により実質的な終了が見込まれています。
厚生労働省の対応と検討状況
厚生労働省は、社会保険料削減スキームを社会保険制度の適正な負担という観点から問題があるとして、具体的な対策を検討しています。2024年9月末に開催された「第183回社会保障審議会医療保険部会」では、極端に低い報酬と高額な賞与を支給している実態が議論の対象となり、標準賞与額の上限引き上げなどの見直しが本格的に検討されています。
特に問題視されているのは、最低標準報酬月額の該当者の多くが小規模法人の役員であり、しかも高額な賞与の支給が目立つという実態です。これは明らかに社会保険制度の想定を超えた利用方法であり、制度の趣旨に反する行為として位置づけられています。行政としては、制度の公平性を確保するために、法令による禁止措置などの対応が急務となっています。
予想される法改正の内容
2025年をめどに予想される法改正では、標準賞与額の上限の大幅な引き上げや、役員報酬の最低基準の設定などが検討されています。現在、健康保険の標準賞与額の年間上限は573万円となっていますが、これを大幅に引き上げることで、賞与を活用した削減効果を大幅に縮小する方針です。
また、マイクロ法人に対しては、社会保険加入の要件を厳格化し、実態のない法人や著しく低額の報酬設定を行っている法人に対する監視を強化する方向で検討が進められています。さらに、役員報酬の適正性を判断する基準の明確化や、不適切な報酬体系を採用している企業に対する指導・監督の強化も予想されます。
企業への影響と対応の必要性
これらの制度改正により、現在スキームを活用している企業には大きな影響が予想されます。年間数百万円規模の社会保険料負担の増加が避けられず、企業の収益構造や資金繰りに深刻な影響を与える可能性があります。特に中小企業やオーナー経営者にとっては、早期の対応が経営の安定性を左保するための重要な課題となります。
企業は制度改正に備えて、現在の報酬設計を根本的に見直し、適正な社会保険料負担を前提とした経営計画の策定が求められています。また、削減されていた社会保険料を補完する他の節税方法や経営効率化策の検討も必要です。厚生労働省や日本年金機構などの最新情報を継続的にチェックし、必要に応じて専門家のサポートを受けることで、スムーズな移行・対応を図ることが重要です。
専門家の見解とリスク評価

社会保険料削減スキームに対する税理士や社会保険労務士などの専門家の見解は分かれており、慎重な対応を求める声が高まっています。これらのスキームが法的なグレーゾーンに属するものや、適切ではないものが多いことから、専門家としての責任ある助言が求められています。
税理士の立場からの評価
多くの税理士は、社会保険料削減スキームに対して慎重な姿勢を示しています。特にマイクロ法人活用スキームについては、実態のない法人と認定されるリスクや、将来的な制度変更による影響を懸念する声が多く聞かれます。税理士としては、スキームへの安易な同調を避け、制度の趣旨やリスクを顧問先に丁寧に説明する必要があると考えられています。
また、「完全合法」「誰でも得する」などと煽る悪質業者の存在も問題となっており、専門家として適切な情報提供と慎重な判断を促すことが重要視されています。税理士は事業の実態を重視し、必要に応じて社会保険労務士などの他の専門家と連携しながら、適切な助言と対応を行うことが求められています。
社会保険労務士からの警告
社会保険労務士の多くは、社会保険料削減スキームに対してより厳格な立場を取っています。社会保険制度の専門家として、これらのスキームが制度の趣旨に反する行為であることを強く指摘しており、企業に対して適正な保険料負担を行うよう助言しています。
特に問題視されているのは、形式的な要件は満たしていても実態が伴わない法人の設立や、著しく不自然な報酬体系の採用です。これらの行為は、社会保険調査において指摘される可能性が高く、企業にとって大きなリスクとなることを警告しています。社会保険労務士としては、長期的な視点から企業の安定的な発展を支援するため、適正な制度運用を推奨しています。
将来的なリスクの総合評価
専門家の間では、社会保険料削減スキームの将来的なリスクが高いという認識で一致しています。現在は制度上可能であっても、法改正により遡及的に保険料の追徴が行われる可能性や、税務調査において不適切な処理として指摘されるリスクが存在します。
以下の表は、主要なリスク要因とその評価をまとめたものです:
| リスク要因 | 発生可能性 | 影響度 | 対応の緊急性 |
|---|---|---|---|
| 法改正による制度変更 | 高 | 大 | 高 |
| 税務調査での指摘 | 中 | 大 | 中 |
| 社会保険調査での否認 | 中 | 大 | 高 |
| 遡及徴収による追加負担 | 中 | 大 | 高 |
専門家としては、短期的なコスト削減だけでなく、長期的な視点からメリットとデメリットを総合的に判断することを強く推奨しています。企業の規模や事業の実態に応じた適切な戦略を取ることで、リスクを最小化しつつ最適な経営を目指すことが重要です。
適切な対応策と今後の方針

社会保険料削減スキームの規制強化が予想される中、企業は早期に適切な対応策を講じる必要があります。制度改正への備えと、持続可能な経営戦略の構築が急務となっており、専門家のサポートを受けながら慎重に対応することが求められています。
報酬設計の見直しと最適化
現在スキームを活用している企業は、役員報酬の設計を根本的に見直す必要があります。極端に低い報酬設定から適正な水準への変更を段階的に実施し、制度改正による影響を最小化することが重要です。報酬の見直しに際しては、社会保険料の負担増加を考慮した上で、企業の収益構造や資金繰りへの影響を詳細に検討する必要があります。
また、報酬設計の見直しと並行して、他の節税方法や経営効率化策の検討も必要です。出張手当の活用や福利厚生制度の充実、適切な経費処理など、合法的で持続可能な方法による負担軽減策を総合的に検討することが求められます。これらの対策により、社会保険料負担の増加による影響を部分的に軽減することが可能です。
法人設立の必要性の再検証
マイクロ法人を設立している個人事業主は、その必要性と継続の妥当性を改めて検証する必要があります。法人設立の本来の目的が社会保険料の削減のみであった場合、制度改正により設立の意義が失われる可能性が高いためです。事業の実態や将来の展望を踏まえ、法人格の維持が本当に必要かを慎重に判断することが重要です。
法人を継続する場合は、実態のある事業活動を確保し、適正な役員報酬の設定を行う必要があります。一方、法人格の維持が不要と判断される場合は、適切な手続きを経て解散・清算を行うことも選択肢となります。いずれの場合も、税務上や社会保険上の手続きを適切に行い、将来的な問題を回避することが必要です。
長期的な経営戦略の構築
社会保険料削減スキームに依存した経営から脱却し、持続可能な経営戦略を構築することが重要です。適正な社会保険料負担を前提とした収益構造の見直しや、事業の効率化・高付加価値化による収益性の向上を図る必要があります。また、従業員の社会保障を含めた総合的な人事戦略の検討も重要な要素となります。
以下のチェックリストを活用して、適切な対応策を検討することを推奨します:
- 現在の報酬設計の適正性の評価
- 制度改正による影響額の試算
- 代替的な節税方法の検討
- 法人設立の必要性の再検証
- 長期的な事業計画の見直し
- 専門家との連携体制の構築
- 最新情報の継続的な収集
これらの対策を総合的に実施することで、制度変更による影響を最小化し、安定した経営基盤の構築を図ることが可能となります。重要なのは、短期的な節税効果にとらわれることなく、長期的な視点から企業の持続的な発展を目指すことです。
まとめ
社会保険料削減スキームは、確かに大きな節税効果をもたらす魅力的な手法として多くの企業に活用されてきました。しかし、厚生労働省による制度改正の検討が本格化し、2025年以降の法改正により実質的な終了が見込まれている現状では、これらのスキームに依存した経営戦略の見直しが急務となっています。
特に重要なのは、これらのスキームが社会保険制度の趣旨に反する側面を持っており、法的なリスクや将来的な追徴課税の可能性を内包していることです。専門家の間でも慎重な対応を求める声が高まっており、企業には適正な社会保険料負担を前提とした経営への転換が求められています。
今後企業が取るべき対応策として、役員報酬設計の適正化、マイクロ法人の必要性の再検証、そして持続可能な経営戦略の構築が挙げられます。短期的なコスト削減に頼るのではなく、事業の本質的な価値向上と効率化を通じて、健全で持続可能な企業経営を目指すことが重要です。制度変更への適切な対応により、企業は新たな成長の機会を見出すことができるでしょう。
最後に、これらの複雑な制度変更に対応するためには、税理士や社会保険労務士などの専門家との密接な連携が不可欠です。最新の法改正情報を継続的に収集し、企業の実情に応じた最適な対応策を講じることで、制度変更による影響を最小化し、安定した事業運営を継続することが可能となります。
よくある質問
社会保険料削減スキームの問題点は何か?
社会保険料削減スキームには様々なリスクが存在します。役員報酬の著しい低額化や賞与の過大な支給が問題視されており、税務上の指摘や社会保険料の遡及徴収を受ける可能性があります。また、マイクロ法人の設立も実態のない法人と認定されるリスクがあり、長期的には制度改正により効果が失われる可能性が指摘されています。
企業はどのように対応すべきか?
企業は早期に適切な対応策を講じる必要があります。まずは役員報酬の設計を見直し、適正な水準に調整することが重要です。同時に、他の節税方法や経営効率化策の検討も必要となります。マイクロ法人を設立している企業は、その必要性を再検証し、法人格の維持が妥当かどうかを慎重に判断する必要があります。長期的な視点から持続可能な経営戦略を構築し、専門家との連携体制を整えることが求められます。
制度改正の動向はどうなっているか?
厚生労働省を中心に、社会保険料削減スキームに対する規制強化が検討されています。2025年以降の法改正では、標準賞与額の上限引き上げや役員報酬の最低基準設定など、スキームの実効性を大幅に低下させる措置が予想されています。また、マイクロ法人に対する社会保険加入要件の厳格化や、不適切な報酬体系に対する指導・監督の強化も計画されています。
専門家はどのようなアドバイスを行っているか?
税理士や社会保険労務士などの専門家は、社会保険料削減スキームに対して慎重な姿勢を示しています。これらのスキームには法的なリスクが高く、制度の趣旨に反する面があるため、適正な社会保険料負担を推奨しています。専門家は企業に対し、報酬設計の見直しや代替的な節税方法の検討、長期的な経営戦略の構築などを助言しており、リスクを最小限に抑えつつ持続可能な経営を目指すことを提言しています。
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