目次
はじめに
会社経営において、配偶者を役員にするか従業員にするかは、税務面や経営面で大きな影響を与える重要な判断ポイントです。この選択により、所得税の節税効果、社会保険の加入、相続税対策など様々なメリット・デメリットが生じるため、慎重な検討が必要となります。
配偶者雇用の重要性
中小企業や個人事業主にとって、配偶者は最も信頼できるビジネスパートナーの一人です。しかし、単に家族だからという理由だけで雇用形態を決めてしまうと、後々税務上の問題や従業員との関係性に支障をきたす可能性があります。
配偶者の雇用形態を決定する際は、会社の業績、将来の事業展開、他の従業員との公平性など、多角的な視点から検討することが求められます。また、税務署からの指摘を受けないよう、適切な手続きと実態の整備も欠かせません。
役員と従業員の基本的な違い
役員と従業員では、法的地位、報酬の支払い方法、社会保険の扱いなど、根本的な違いがあります。役員は会社法上の機関として位置づけられ、経営に関する責任と権限を持ちますが、従業員は労働契約に基づいて働く立場となります。
この違いは、税務上の扱いにも大きく影響します。役員報酬は「定期同額給与」の原則があり、年度途中での変更が困難である一方、従業員の給与は業績に応じて柔軟に調整することが可能です。
検討すべき要因の概要
配偶者の雇用形態を決定する際に考慮すべき要因は多岐にわたります。会社の収益性、配偶者の実際の業務内容、他の従業員の存在、将来の事業承継計画などが主な検討事項となります。
また、配偶者自身の意向も重要な要素です。積極的に経営に参画したいのか、それとも扶養の範囲内で働きたいのかによって、最適な選択肢が変わってきます。夫婦間でしっかりと話し合い、共通の認識を持つことが成功の鍵となります。
役員にするメリット・デメリット

配偶者を役員にする場合、税務面や経営面で多くのメリットが期待できる反面、法的責任や制約も生じます。ここでは、役員登用の具体的なメリットとデメリットを詳しく見ていきます。
税務上のメリット
配偶者を役員にする最大のメリットの一つは、所得分散による節税効果です。夫婦それぞれに役員報酬を支払うことで、累進課税制度のもとで全体の税負担を軽減することができます。特に利益が多く出ている会社では、この効果は顕著に現れます。
また、役員報酬は会社の経費として全額損金算入が可能です。適正な金額であれば、配偶者に対する役員報酬も税務上問題なく経費計上できるため、法人税の軽減にも繋がります。さらに、将来的な相続税・贈与税対策としても有効で、自社株の移転などにおいて税務上のメリットを享受できます。
社会保険・年金面のメリット
役員として社会保険に加入することで、将来の年金受給額を増加させることができます。特に、これまで第3号被保険者(扶養)だった配偶者が厚生年金に加入することで、老後の年金額が大幅に改善されます。
また、健康保険の傷病手当金や出産手当金などの給付を受けられるようになるため、万が一の際のセーフティネットとしても機能します。医療費の自己負担軽減や、より充実した医療サービスを受けられる可能性も高まります。
経営上のメリット
配偶者が役員になることで、夫婦による共同経営が円滑に進められます。重要な経営判断を夫婦で話し合いながら決定できるため、より慎重で的確な判断が可能になります。また、取引先からの信頼度向上や、対外的な信用力アップも期待できます。
事業承継の観点でも、配偶者が役員であることは大きなメリットとなります。将来的に子どもに事業を引き継ぐ際も、配偶者が経営に深く関わっていることで、スムーズな承継が可能になります。また、経営者に万が一のことがあった場合の事業継続性も高まります。
法的責任とリスク
役員になることで、会社法上の責任を負うことになります。取締役としての善管注意義務や忠実義務を果たす必要があり、これらに違反した場合は損害賠償責任を問われる可能性があります。また、会社が倒産した際には、債権者から個人保証を求められるリスクもあります。
金融機関からの借入時には、役員である配偶者も連帯保証人になることを求められるケースが多くなります。これにより、配偶者も会社の債務について個人的な責任を負うことになり、家族全体のリスクが高まる可能性があります。
報酬変更の制約
役員報酬は「定期同額給与」の原則により、原則として年度途中での変更ができません。業績が悪化した場合でも、一度決定した役員報酬を簡単に減額することはできないため、会社の資金繰りに影響を与える可能性があります。
また、役員報酬の決定は株主総会での承認が必要となるため、手続きが複雑になります。金額設定においても、業務内容に見合った適正な水準でなければ税務署から否認される可能性があり、慎重な検討が必要です。
従業員との関係性への影響
配偶者を役員にすることで、他の従業員との間に不公平感が生まれる可能性があります。特に、配偶者の業務内容や責任が他の従業員と大差ない場合、役員としての待遇に対して不満を抱く従業員が出てくる可能性があります。
この問題を回避するためには、配偶者の役員としての役割と責任を明確に定義し、透明性のある報酬制度を構築することが重要です。また、他の従業員に対しても、配偶者が役員である理由や期待される役割について、適切にコミュニケーションを図る必要があります。
従業員にするメリット・デメリット

配偶者を従業員として雇用する場合、役員とは異なるメリットとデメリットがあります。柔軟性や従業員との公平性を重視する場合には、従業員としての雇用が適している場合があります。
給与設定の柔軟性
従業員として雇用する最大のメリットは、給与の柔軟な設定が可能なことです。会社の業績に応じて給与額を調整したり、賞与を支給したりすることができるため、資金繰りに応じた対応が可能になります。特に業績が不安定な時期には、この柔軟性が大きなメリットとなります。
また、労働時間に応じた給与計算も可能であり、パートタイムでの勤務や扶養の範囲内での就労など、配偶者のライフスタイルに合わせた働き方を実現できます。子育てや介護などの事情がある場合でも、無理のない範囲で会社に貢献してもらうことができます。
従業員との公平性確保
配偶者を従業員として雇用することで、他の従業員との間に生じがちな不公平感を軽減できます。同じ従業員という立場であれば、業務内容や責任に応じた適正な給与設定により、組織全体の調和を保つことができます。
特に、従業員数が多い会社や、優秀な人材を確保したい会社では、この公平性の確保は重要な要素となります。配偶者だけが特別扱いされていると感じられることなく、能力や貢献度に基づいた評価制度を構築することが可能です。
社会保険の取り扱い
従業員として雇用する場合、勤務時間や給与額によっては社会保険への加入が不要な場合があります。扶養の範囲内で働く場合は、配偶者控除や社会保険の扶養を維持できるため、家計全体での税負担や保険料負担を抑えることができます。
一方で、フルタイムで働く場合は社会保険への加入が必要となりますが、この場合でも従業員としての加入となるため、役員の場合とは異なる取り扱いを受けることがあります。将来の年金受給額や各種給付についても、従業員としての立場での計算となります。
みなし役員のリスク
従業員として雇用していても、実際の業務内容や会社での影響力が大きい場合、税務上「みなし役員」として扱われるリスクがあります。みなし役員と判断されると、役員報酬と同様の制約を受けることになり、期中での給与変更や賞与支給が制限される可能性があります。
このリスクを回避するためには、配偶者の職務内容や権限を明確に定義し、一般的な従業員と同様の立場で働いていることを示す資料を整備しておくことが重要です。取締役会への参加状況や、重要な経営判断への関与の程度などが判断材料となります。
給与の妥当性確保
家族従業員の給与は、他の従業員と同程度の水準である必要があります。業務内容や能力に見合わない高額な給与を支払った場合、税務署から否認される可能性があり、過大な部分は経費として認められません。
適正な給与水準を設定するためには、同業他社の給与水準や、配偶者の実際の業務内容、勤務時間、責任の程度などを総合的に勘案する必要があります。また、給与計算の根拠を明確にし、必要な書類を整備しておくことが重要です。
実務上の制約
従業員として雇用する場合、労働基準法や就業規則の適用を受けることになります。これにより、労働時間の管理、有給休暇の付与、残業代の支払いなど、一般的な従業員と同様の取り扱いが必要となります。
また、配偶者であっても、他の従業員と同様の人事評価や研修機会の提供が求められる場合があります。家族だからといって特別扱いをすることなく、公正で透明性のある人事制度を運用することが、組織全体の健全な発展につながります。
判断基準と選択のポイント

配偶者を役員にするか従業員にするかの判断は、会社の状況、配偶者の希望、税務上の影響など様々な要因を総合的に検討して行う必要があります。ここでは、具体的な判断基準と選択のポイントを整理します。
会社の業績・収益性
利益が多く出ている会社では、配偶者を役員にすることで高い節税効果が期待できます。所得分散により累進課税の影響を軽減でき、全体の税負担を大幅に削減することが可能です。特に、法人税率と個人の所得税率の差を活用することで、効率的な税務対策を実現できます。
一方、利益が出ていない会社や資金繰りが厳しい会社では、役員報酬の支払いが経営を圧迫する可能性があります。役員報酬は原則として年度途中での変更ができないため、業績悪化時でも継続的な支払いが必要となり、会社の財務状況をさらに悪化させるリスクがあります。
配偶者の経営参加意欲
配偶者が積極的に経営に参加したい場合は、役員として迎えることで、その意欲を最大限に活用することができます。経営判断への参画、取引先との交渉、従業員の管理など、様々な場面で配偶者の能力を発揮してもらうことが可能になります。
しかし、配偶者の働く時間が限られている場合や、家事・育児との両立を優先したい場合は、従業員としての雇用がより適している場合があります。扶養の範囲内で働くことで、家計全体のバランスを保ちながら会社に貢献してもらうことができます。
他の従業員の存在
他に従業員がいない一人会社の場合は、配偶者を役員にすることによる従業員との摩擦を気にする必要がありません。夫婦二人での経営体制を構築し、それぞれの役割分担を明確にすることで、効率的な事業運営が可能になります。
一方、他に従業員がいる会社では、配偶者の処遇について慎重に検討する必要があります。従業員から見て納得できる役割と報酬設定を行うことで、組織全体のモチベーション維持と公平性の確保を図ることが重要です。
将来の事業承継計画
将来的に子どもに事業を承継する予定がある場合、配偶者を役員にしておくことで承継プロセスを円滑に進めることができます。配偶者が経営に深く関わっていることで、承継時の自社株移転や経営権の引き継ぎがスムーズに行われます。
また、相続税対策の観点からも、配偶者への自社株の移転は有効な手段となります。贈与税の配偶者控除や相続時精算課税制度を活用することで、税務上有利な承継プランを構築することが可能です。
社会保険・年金への考え方
配偶者の将来の年金受給額を増やしたい場合は、役員として社会保険に加入することが有効です。特に、これまで第3号被保険者だった配偶者が厚生年金に加入することで、老後の生活設計が大きく改善されます。
しかし、現在の家計への影響を重視する場合は、扶養の範囲内で従業員として働いてもらうことも選択肢の一つです。社会保険料の負担を避けながら、必要な収入を確保することで、当面の生活の安定を図ることができます。
税務リスクへの対応
どちらの選択肢を選ぶ場合でも、税務署からの指摘を受けないよう、適切な実態の整備が必要です。役員の場合は取締役会議事録や職務分担の明確化、従業員の場合は勤務実態の記録や業務日誌の作成などが重要となります。
特に、配偶者の報酬や給与が高額な場合は、その妥当性を説明できる資料の整備が欠かせません。同業他社との比較資料や、具体的な業務内容を示す資料を準備し、税務調査に備えることが重要です。
実務的な手続きと注意点

配偶者を役員または従業員として雇用する際には、様々な実務的な手続きが必要となります。また、税務上の問題を避けるために注意すべきポイントも多く存在します。
役員登記の手続き
配偶者を役員にする場合は、法務局での役員変更登記が必要となります。株主総会での選任決議、就任承諾書の作成、印鑑証明書の取得など、複数の書類を準備する必要があります。登記費用として登録免許税(1万円)がかかり、司法書士に依頼する場合は追加の報酬も発生します。
また、登記が完了すると、配偶者の名前が登記簿謄本に記載されることになります。これにより、対外的に役員であることが明確になりますが、同時に会社法上の責任も発生します。登記手続きは設立や変更から2週間以内に行う必要があり、期限を過ぎると過料が課される可能性があります。
社会保険の手続き
役員として社会保険に加入する場合は、年金事務所への届出が必要です。健康保険・厚生年金保険の被保険者資格取得届を提出し、保険証の発行を受けます。この際、配偶者がこれまで第3号被保険者だった場合は、扶養からの脱退手続きも必要となります。
従業員として雇用する場合でも、勤務条件によっては社会保険への加入が必要です。週20時間以上の勤務で雇用保険、週30時間以上(または特定適用事業所では週20時間以上)の勤務で健康保険・厚生年金への加入が義務付けられています。加入条件を満たした場合は、適切な手続きを行う必要があります。
給与・報酬の決定プロセス
役員報酬の決定は株主総会での承認が必要となります。定時株主総会で年間の報酬総額を決定し、その範囲内で各役員への配分を決めます。報酬額は業務内容や責任、他社の類似ポジションとの比較などを考慮して、合理的な金額を設定する必要があります。
従業員の給与については、就業規則や雇用契約書で定めることになります。時給制、月給制、年俸制など様々な形態が選択できますが、最低賃金法や労働基準法の規定を遵守する必要があります。また、家族従業員であっても、同種の業務に従事する他の従業員との均衡を考慮した適正な水準とする必要があります。
勤務実態の記録・管理
税務署からの指摘を避けるためには、配偶者の勤務実態を適切に記録・管理することが重要です。出退勤の記録、業務日報、会議への参加記録など、実際に働いていることを証明できる資料を整備しておく必要があります。
特に、在宅勤務や不規則な勤務形態の場合は、より詳細な記録が求められます。業務内容の具体的な記録、取引先との連絡履歴、作成した資料などを整理し、税務調査の際に説明できるよう準備しておくことが重要です。
税務申告での注意点
役員報酬は法人税の申告書において「役員給与」として適切に処理する必要があります。定期同額給与の要件を満たしているか、過大な報酬でないかなど、税務上の規定を遵守しているかを確認することが重要です。
従業員の給与についても、労働の対価として適正な金額であることを示す必要があります。特に家族従業員の場合は、税務署からより厳しくチェックされる傾向があるため、給与水準の合理性を説明できる資料を準備しておくことが重要です。
契約書・規程の整備
役員の場合は、取締役としての職務や報酬について定めた契約書や規程を作成することが望ましいです。職務分掌規程、取締役会規程、役員報酬規程などを整備し、配偶者の役割と責任を明確にしておくことで、税務上の安全性も高まります。
従業員の場合は、雇用契約書の作成が必須となります。勤務時間、職務内容、給与、休暇などの労働条件を明記し、労働基準法等の規定に適合した内容とする必要があります。また、就業規則の適用についても明確にしておくことが重要です。
まとめ
配偶者を役員にするか従業員にするかの判断は、会社の経営戦略において非常に重要な選択となります。それぞれにメリット・デメリットがあり、会社の業績、配偶者の希望、他の従業員との関係性、将来の事業展開など、様々な要素を総合的に検討する必要があります。
利益が多く出ている会社では役員としての節税効果が大きく、積極的な経営参加を望む配偶者には役員が適しています。一方、柔軟な働き方を求める場合や従業員との公平性を重視する場合は、従業員としての雇用が適切な選択となります。いずれの場合も、税務上の問題を避けるため、適切な実態の整備と書類の準備が欠かせません。
最終的には、専門家である税理士や社会保険労務士に相談し、自社の状況に最も適した選択肢を見つけることが重要です。適切な判断により、配偶者の能力を最大限に活用し、会社の成長と家族の幸福の両立を実現することができるでしょう。
よくある質問
配偶者を役員にする場合のメリットは何ですか?
配偶者を役員にすることで、所得分散による節税効果や社会保険面での年金受給額増加など、税務上や経営上のメリットが期待できます。また、夫婦による共同経営が可能になり、対外的な信用力アップも期待できます。事業承継の観点でも役員としての配偶者は大きなメリットとなります。
配偶者を従業員として雇用する場合のメリットは何ですか?
従業員として雇用する場合、給与の柔軟な設定が可能で、会社の業績に応じた対応が可能になります。また、他の従業員との公平性を確保しやすく、社会保険の扶養範囲内での就労も選択できます。
配偶者の雇用形態を決める際に重要な点は何ですか?
配偶者の雇用形態を決める際は、会社の業績や収益性、配偶者の経営参加意欲、他の従業員の存在、事業承継計画、社会保険・年金への考え方などを総合的に検討する必要があります。
配偶者を雇用する際の注意点は何ですか?
配偶者を役員または従業員として雇用する際は、適切な実態の整備と書類の準備が重要です。役員の場合は取締役会議事録や職務分担の明確化、従業員の場合は勤務実態の記録や業務日誌の作成が必要です。また、税務上の問題を避けるため、報酬の妥当性を示す資料の準備が欠かせません。
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