目次
はじめに
下請法における支払期日の規定は、下請事業者の権利を守る重要な制度です。一般的に「60日ルール」として知られているこの制度には、実は「31日」という重要な概念も含まれています。この31日という数字は、多くの事業者にとって理解が困難な部分でもあり、適切な運用のためには正確な知識が必要不可欠です。
本記事では、下請法における60日ルールと31日の関係について、具体的な事例を交えながら詳しく解説していきます。親事業者と下請事業者の双方が安心して取引を行うために、この制度の仕組みを正しく理解することが重要です。
下請法の基本的な支払期日ルール

下請法では、親事業者が下請事業者に対して支払期日を設定する際の基本原則が明確に定められています。この基本ルールを理解することで、適切な取引関係を構築することができます。
60日以内の支払原則
下請法では、親事業者が下請事業者に対して支払うべき下請代金の支払期日は、原則として給付受領日から60日以内と定められています。この規定は、下請事業者の資金繰りを保護し、取引の公正化を図るための重要な制度です。具体的には、成果物の受領日から数えて60日を経過する前に支払いを完了させる必要があります。
この60日ルールは絶対的な規定であり、親事業者の都合や業界の慣習によって延長することはできません。もし支払期日を定めなかった場合、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して60日を経過した日の前日が支払期日とみなされます。支払期日を守らない場合は、年率14.6%の遅延利息の支払いや、公正取引委員会からの指導・勧告を受ける可能性があるため、適切な支払期日の設定が重要です。
「2か月以内」という実務運用
興味深いことに、下請法の「60日の期間内」という規定は、実際には「2か月以内」と読み替えられて運用されています。これは実務上の便宜を図るための措置であり、月末締め翌月末日払いの場合でも、31日間ある月を意識する必要がないということを意味しています。つまり、厳密には61日や62日になる場合でも、2か月以内であれば下請法違反にはならないということです。
この運用により、一般的に採用されている「月末締め・翌月末払い」のルールは、月のどの日に納品があっても支払までの期間が実質的に60日を超えることがないため、下請法に違反しない安全な支払サイトとされています。ただし、支払日が金融機関休業日にあたる場合は、書面による合意の上で2日までの順延が認められています。
支払期日の計算方法
下請法の支払期日計算には、独特のルールが適用されます。通常の法律では「初日不算入の原則」が適用されることが多いのですが、下請法では下請事業者からの給付・役務の提供があった日を初日として計算します。これは下請事業者の保護をより手厚くするための措置と考えられます。
具体例として、4月1日に納品が完了した場合、支払期日は5月31日以前に設定する必要があります。受領日が月末であっても、翌月の25日までに支払えば問題ありませんが、受領日が月初であっても、翌々月の25日までに支払うと60日を超えてしまうため、下請法違反となります。このように、支払期日の設定には細心の注意が必要です。
31日ルールの具体的内容

下請法には60日ルールと並んで、31日という重要な期間が規定されています。この31日ルールは特定の状況下で適用される制度であり、親事業者の検査や確認作業に関連した重要な規定です。
検査期間としての31日
下請法の「60日ルール」には、例外として「31日ルール」が存在します。具体的には、下請事業者が給付した物品等や情報成果物について、親事業者が検査を行う必要がある場合、その検査を31日以内に完了することが条件となっています。つまり、親事業者は下請事業者からの給付を受領した日から31日以内に検査を完了させ、その後60日以内に支払いを行わなければなりません。
この31日ルールは、親事業者が検査を理由として支払いを無制限に遅らせることを防ぐための重要な規定です。検査が必要な場合でも、受領から31日以内には検査を完了させ、その結果に基づいて適切な支払手続きを進める必要があります。検査期間を理由とした支払遅延は、下請事業者の資金繰りに深刻な影響を与える可能性があるため、この制限は極めて重要な意味を持っています。
支払期日みなし規定での31日目
支払期日を定めなかった場合の取扱いにおいても、31日という数字が重要な意味を持ちます。下請法では、下請代金の支払期日を定めなかった場合、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して60日を経過した日の前日が支払期日とみなされます。つまり、成果物の受領日から31日目が支払期日となるという解釈も存在します。
ただし、この解釈については注意が必要です。正確には「60日を経過した日の前日」が支払期日となるため、受領日から数えて60日目が支払期日ということになります。この微妙な違いは実務上重要な意味を持つため、契約締結時には支払期日を明確に定めることが推奨されます。支払期日の曖昧さは後々のトラブルの原因となる可能性があるためです。
31日以内支払いが義務付けられる特例
一般的な60日ルールとは別に、特定の条件下では31日以内の支払期日が義務付けられる場合があります。具体的には、親事業者が大企業で、下請事業者が中小企業の場合などに、31日以内の支払期日が適用されることがあります。この31日ルールは、中小企業の資金繰りを支援し、取引の公正化を図るための重要な規定となっています。
この特例規定は、下請事業者の資金繰りを考慮し、より迅速な支払いを求めるものです。中小企業は大企業と比較して資金力に乏しく、支払遅延が経営に与える影響が大きいため、このような保護規定が設けられています。親事業者は下請法を遵守し、適切な支払期日を設定することで、下請事業者との良好な関係を築くことができます。
手形支払いと31日・60日ルールの関係

下請法における支払方法として手形を使用する場合、現金支払いとは異なる特別な規定が適用されます。手形による支払いには独自の制約があり、これらの規定を正しく理解することが重要です。
手形サイトの規制強化
下請法では、手形による支払いの場合、手形の満期日までは現金化できないため、実質的な支払期間が60日を超えてしまうことがあります。そのため、下請法では「割引困難な手形」の交付を禁止しており、従来は手形サイトが90日(繊維業)や120日(その他業種)を超えるものは、割引が困難であると判断されていました。
しかし、公正取引委員会及び中小企業庁は、下請法の運用ルールを見直し、手形サイトの規制を業種別から一律60日以内に短縮することを決定しました。この変更は令和6年11月1日から適用されており、すべての業種において手形サイトは60日以内とする必要があります。この規制強化により、下請事業者の資金繰り改善が期待されています。
新制度下での注意点
新しい手形サイト規制の下では、下請事業者は自社が受け取る手形のサイトが60日を超えていないかを確認し、必要に応じて親事業者に改善を求める必要があります。従来の業種別の基準に慣れ親しんだ事業者にとっては、大幅な制度変更となるため、十分な注意が必要です。
一方、親事業者は自社が振り出す手形のサイトが60日以内であることを確認し、違反のないよう対応する必要があります。既存の手形発行システムや支払サイクルの見直しが必要となる場合が多く、システム変更や業務フローの改善に相当な準備期間を要する可能性があります。この制度変更は下請取引の公正化を目的としており、適切な対応が求められています。
手形と現金支払いの使い分け
手形サイトが60日以内に統一されたことにより、手形支払いと現金支払いの選択基準も変化しています。従来は手形サイトが長期間設定できたため、親事業者の資金繰り上のメリットが大きかったのですが、現在は60日以内という制約により、そのメリットは大幅に縮小されました。
このような状況下では、下請事業者の利便性を考慮して現金支払いを選択する親事業者が増えています。現金支払いであれば手形の割引手数料等の負担もなく、下請事業者にとってより有利な条件となります。支払方法の選択は、取引関係の良好性にも影響を与えるため、慎重な検討が必要です。
実務における注意点と対応策

下請法の60日ルールや31日関連規定を実際の業務で適用する際には、様々な注意点があります。これらのポイントを理解し、適切な対応策を講じることで、法令遵守と円滑な取引の両立が可能になります。
月末締め制度の活用方法
下請法の60日ルールでは、支払サイトが最も不利な条件(締め日の翌日に納品された場合)でも60日以内に支払われるよう設計する必要があります。この点において、「月末締め・翌月末払い」の制度は、実務上非常に有効なシステムとして広く採用されています。この制度では、月のどの日に納品があっても支払までの期間が60日を超えることがないため、安全な支払サイトとなっています。
ただし、月末締めの翌々月末払いとすると、受領から92日後の支払いとなり、2か月を超えてしまうため、下請法に反することになります。したがって、締め制度を採用する場合は、必ず翌月末払いまでに留める必要があります。また、支払日が金融機関休業日にあたる場合の取扱いについても、事前に書面で合意を得ておくことが重要です。
支払処理サイクルとの調整
支払期日を定める際には、親事業者の社内における支払処理サイクルへの考慮が必要です。しかし、この社内事情を理由として法定期限を超過することは許されません。下請事業者と事前に協議し、合意を得ることが重要ですが、その合意内容も下請法の範囲内でなければ無効となります。
実務的には、社内の支払処理能力に応じて適切な締め日や支払日を設定し、それを契約書に明記することが推奨されます。また、システム化により支払処理を効率化し、より短期間での支払いを実現することも、下請事業者との関係改善につながります。支払処理の迅速化は、企業イメージの向上にも寄与する重要な要素です。
違反時のリスクと対応
下請法違反が発覚した場合のリスクは深刻です。支払遅延は遅延利息の発生や企業イメージの低下につながるだけでなく、公正取引委員会からの指導・勧告、さらには企業名の公表といった行政処分を受ける可能性があります。これらの処分は企業の信用に長期間にわたって悪影響を与える可能性があります。
違反を防ぐためには、定期的な社内監査や外部専門家によるチェックが有効です。また、下請事業者との良好なコミュニケーションを維持し、支払いに関する問題が発生した場合は迅速に対応する体制を整備することが重要です。予防的な取組みが、結果的にコンプライアンス コストの削減にもつながります。
その他の重要な下請法規定

下請法には支払期日以外にも、親事業者と下請事業者の取引を公正に保つための様々な規定があります。これらの規定を総合的に理解することで、より適切な下請取引が可能になります。
代金減額の禁止規定
下請法では、親事業者が下請事業者に対して代金の減額を行う際の規制が設けられています。具体的には、下請事業者の責任がない場合でも減額を行うことは禁止されており、減額の名目や方法、金額の多少を問わず違反行為となります。この規定は下請事業者の経済的利益を直接的に保護する重要な制度です。
減額が許される場合は極めて限定的であり、明らかに下請事業者側に責任がある場合に限定されています。そのような場合でも、減額の理由や金額について十分な説明と合意が必要であり、一方的な減額は認められません。親事業者は常に公正な取引を心がけ、下請事業者との信頼関係を維持することが求められています。
返品に関する制限
返品についても、下請事業者に責任がある場合を除き、受領後の返品が禁止されています。ただし、瑕疵のある物品や納期遅れの場合は、一定の期間内であれば返品が可能となっています。この制限は、下請事業者が既に製造・納品した製品について、不当に返品リスクを負わされることを防ぐための重要な保護規定です。
返品が認められる場合でも、その理由や根拠を明確に示す必要があり、下請事業者が納得できる説明が求められます。また、返品による損失についても、下請事業者に責任がない限り、親事業者が負担する必要があります。これらの規定により、下請事業者はより安心して事業に取り組むことができます。
書面交付義務と記録保存
下請法では、親事業者に対して下請事業者への書面交付義務が課されています。発注時には発注書面を交付し、支払時には支払通知書面を交付する必要があります。これらの書面には法定記載事項があり、不備があると違反となる可能性があります。
また、これらの書面や取引に関する記録は、一定期間保存する義務があります。記録の保存は、後日問題が発生した際の証拠として重要な意味を持つだけでなく、公正取引委員会の調査に対する対応としても必要不可欠です。適切な記録管理システムの構築は、下請法コンプライアンスの基盤となる重要な要素です。
まとめ
下請法における60日ルールと31日の関係は、一見複雑に見えますが、その根底には下請事業者の保護という明確な目的があります。31日という期間は、検査期間の制限やみなし規定、特例的な支払期限など、様々な場面で重要な役割を果たしています。これらの規定を正しく理解し、適切に運用することで、公正で健全な下請取引が可能になります。
特に近年の手形サイト規制の強化により、60日ルールの重要性はさらに高まっています。親事業者は制度変更に適切に対応し、下請事業者はこれらの規定を正しく理解して自らの権利を守る必要があります。下請法の趣旨を理解し、互いに尊重し合う取引関係を築くことが、日本経済全体の健全な発展につながるのです。
よくある質問
下請法の「60日ルール」とは何ですか?
下請法では、親事業者が下請事業者に対して支払うべき下請代金の支払期日は、原則として給付受領日から60日以内と定められています。この規定は、下請事業者の資金繰りを保護し、取引の公正化を図るための重要な制度です。
下請法にはなぜ「31日」という概念が含まれているのですか?
下請法の「60日ルール」には例外として「31日ルール」が存在します。これは、親事業者が下請事業者からの給付を受領してから31日以内に検査を完了させる必要があるというものです。この規定は、親事業者が検査を理由として支払いを無制限に遅らせることを防ぐためのものです。
手形を使って下請代金を支払う場合、下請法ではどのような制限があるのですか?
下請法では、手形サイトが60日を超える「割引困難な手形」の交付が禁止されており、すべての業種において手形サイトは60日以内とする必要があります。この規制強化により、下請事業者の資金繰り改善が期待されています。
下請法違反をした場合、どのようなリスクがあるのですか?
下請法違反が発覚すると、遅延利息の発生や企業イメージの低下だけでなく、公正取引委員会からの指導・勧告、企業名の公表といった行政処分を受ける可能性があります。これらの処分は企業の信用に長期的に悪影響を与えるため、予防的な取組みが重要です。
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